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令和6年9月


平成の合併20年が経過して

 私たちの町は、地元の諸課題に取り組むため、同じ問題解決のための全国組織である全国山村振興連盟(設立昭和38年加盟市町村647)、全国過疎連盟(設立昭和45年加盟市町村926)、ダム・発電関係市町村全国協議会(設立ダム昭和44年、発電昭和53年・加盟市町村534)等の三団体に加盟しています。加盟自治体は、それぞれに共通の目的の地域づくりの制度や法律を国に要望し、国の予算化や補助事業の制度を活用して、まち・村づくりを進め地元振興に取り組んできています。

 私たちの住む町は、言うまでもなく山村です。人口において今地方は、地域の長年の努力にもかかわらず、中山間地は国土の70%にも及んでいて全人口の10パーセントである1200万人、そして、国土の50%に及ぶ山村では、僅か2,5パーセントの300万人という歪んだ国土の中に人々は頑張っています。平成の大合併も終了してもう20年が過ぎました。私たちの町は、その中で頑張っている町です。

 私たちは、過疎や山村振興対策として、生活環境の整備、人口減少が進む中での集落の維持、森林や農林業の維持と振興、医療問題など、地域の活性化を目指すハード面の諸対策などと、国の支援のもとに郷土づくりに取り組んできているわけです。

 その上、私たちの町は、発電・ダムの所在町村です。条件不利地域にありながら水源地域として、長いこと水や電力の国民への安定供給という国民生活や社会経済活動に貢献し続けている誇りと価値のある町だと確信いたします。私たちの課題は、これからもふるさとを守り続けること、人々が豊かに安心してして暮らし続けられることです。そして、これからの社会の中で存在感を打ち出し、今日より明日に向かって、夢と希望が叶う努力を続け次の時代をつくることです。平成の合併、厳しくも早川町は平成14年単独で生き続けることを決意したことは、間違いでなかった合併時の選択だったと強く感じるこの頃です。

令和6年9月      町長 辻󠄀 一幸

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