▼本文へ

▼総合メニューへ

観光情報

▲このページの先頭に戻る

このページを印刷する早川町ロゴマーク

▲このページの先頭に戻る

(ソート用番号:1020)※4ケタ数字を半角で入力

地蔵菩薩像


町指定彫刻(指定日S42.3.10)

常昌院の地蔵菩薩像

この像は左手宝珠、右手錫杖型の円頂の形相を示している。これは後世の偽経とされる『延命地蔵経』の影響を受けたもので、かの応安5季壬子4月5日在銘の、山梨市知足院の石造宝篋印塔に線彫された地蔵尊の形相と合致する。尊像概測結果は次のようである。面長2.15寸(6.5cm)面幅2.15(6.5)、耳張り2.30(7.0)面深2.8(8.5)肩張り5.3(16.0)肘張り6.8(20.6)膝張り8.8(26.7)膝高1.6(4.8)膝奥行き6.5(19.7)座高10.0(30.3)台座高7.3(22.1)保存状態は必ずしも良好とはいえないが、膝頭や台座の一部が後補の他よく造立当初の姿をとどめている。素材はヒノキ、内刳りのある寄せ木造りで、布着せだった底板が離れているので、像底から鎌倉的木寄り法がうかがえる。刀法は鋭く力がこもり、衣のヒダの取扱いには多分に大陸の影響が認められ、また納衣には全面的に盛り上げ紋様が施されている。鼻の低部と目、口唇と後エリなどの関係、台座の蓬弁の形状などにも鎌倉調を伝えている。総じて写実を旨として、低俗に流れず慈相の内にも力強さをつつんではいるが、仏像彫刻の衰退期の制作でないとはいえない。これは信仰の熱意如何とか、経済関係以外に、偶像をもたないことを本義とする新興仏教の制約でもあろう。このことはやがて頂相彫刻の発達となり、天目山栖雲寺(大和村)の文和3年に造られた普応国師像となり、古長禅寺(甲西町)の延文3年の夢窓国師の像ともなるのである。これを要するに常昌院地蔵は、信仰史の立場から、また様式手法の面から、さらには宗教界の動向から考察して、鎌倉末期より室町初頭にかけての所産であることが推定され、峡南地方早川入り一帯の文化相の一面を物語るものとして貴重な存在といえる。(夏草道中報告「常昌院の仏像二体」植松又次から)


展示情報

所在地:早川町京ヶ島711-27 常昌院
問合先:常昌院 TEL:0556-45-2348
早川町教育委員会 TEL:0556-45-2547
(8時30分~17時15分、土・日・祝日は休み)

前のページへ

▲このページの先頭に戻る