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池大神(雨畑)

 遠い昔のこと、京の都に立派な殿様と奥方があった。何一つ不足のない暮らしだったが、子宝に恵まれなかった。方々の神仏に願をかけ、中でも殊に厳島神社に深く祈願したところやっと美しい姫を授かった。姫は両親の深いいつくしみの中で成長して行った。

 その頃同じ京に池の宮という若者があった。宮は或る折、一目見て忽ち恋のとりことなり、是非とも奥方にしたいと願った。そんなことは露知らない姫は成長するにつれ、世のみにくさを見聞したり、病気にも取りつかれたりして世をはかなみ、老女を供につれて甲斐の国は早川入にやって来て、七面山に分け登り、淋しがる老女をそこから都へ帰してやった。

 一方池の宮は姫の家出を聞いて是は大変と、唐の国から苦心して入手した高貴薬を携えて、姫の歩いたと思われる道をたどって早川入に来た。

 とある家で姫の消息を尋ねた処「そのような人はコナア」という答えである。今そこを小縄という。

 そこから更に先に行って又聞いたら「そんな人はミナイ」と云う。宮はすっかり諦めて携えてきた薬の袋を破りそのあたりに薬を捨ててしまった。それが今の薬袋だという。

 斯くして宮は悲嘆の極、死に場所を求めて尚も奥深い雨畑川の上流、深淵に入水して果てた。その霊は永い間その渓のあたりを、さまよい続けていたが土地の人々によって、七面山に合せ祀られたということである。

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