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琴路崖(下湯島)

 奈良田に吾平という曲物職人がおり、ある年早川の川たけで仕事をして村から村へと渡り歩いた。保部落で母娘だけの家を宿としたが、その娘が琴路という美人であり、いつしか二人は恋仲になっていた。

 いつしか春も過ぎてそろそろ焼畑農の忙しくなる頃、二人は再会を約して別れ、吾平は家に帰ったが、その頃奈良田には他所者との結婚を許さないおきてがあり、琴路は一人娘、吾平も一人息子だったので、互いに行動を監視される身であった。待てど暮らせど来ない吾平に、いらだたしくなった琴路は、意を決して山里の山道を吾平恋しさに、奈良田まで行くようになった。

 吾平もあわれに思い、保と奈良田のほぼ真中にあたる別当代山まで出向き、逢引きするようになっていた。こうした吾平の行動が、家人や村人たちに分からない筈もなく、以前にも増して厳重に監視されるようになると、琴路は幾夜かを別当代山から引返したが、何かの異変のあったことを感じた。

 琴路は遂に奈良田まで足をのばし、吾平の家の門に立つようになった。女一人の人目を忍ぶ夜道は想像以上のもので、吾平はいとしさと女のもの凄さに、意を決した或る夜、そっと家を抜け出した吾平は、ひた走りに別当代山へ飛び、峠の山頂にかけてある丸太橋を鋸で、下の方から三分の二を引き込んで家へ帰り、書置して村のはずれの崖から早川へ身を投げた。

 一方琴路は何時ものように峠にさしかかり、丸太橋へ踏み込みとギシッときしむ音と共に、数十丈の断崖にまっさかさまに落ち、哀れ十九の琴路は断崖の露と消えた。二人の遺骸は早川の河川に折り重なっていたという。

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