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奈良田の焼畑習俗


国指定記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財 (指定日S59.12.20)

奈良田の焼畑の様子 インヤシ(虫除け)への火付け
 我が国の山間地帯には、往時焼畑農耕が広範囲に営まれ、全国各地に特色ある習俗を展開してきた。しかし、第二次世界大戦中及び戦後の混乱期、その後の山村の過疎化に象徴される経済社会の変貌期を経て、昭和30年代から急速に衰滅傾向をたどり、現在ではその殆どが消滅してしまっている。
 富士川の支流早川の最上流域に位置する、山梨県南巨摩郡早川町奈良田及び周辺でも焼畑耕作が行われてきたが、生業として成り立たなくなって久しく、ほとんど行われなくなっている。
 この地域の焼畑は、山小屋に寝泊まりして作業に従事する農耕形態をとり、粟・小豆などを主な作物としてきた。整然となされる輪作方式、周到な準備のもとでなされる火入れ作業、猪の毛を用いた害獣除け、作業の折り目になされる信仰行事などには特色ある内容のものが少なくない。
 この地域の焼畑習俗は、南アルプス山麓に展開されてきた焼畑農耕の典型例の1つを示すものとして注目されるだけでなく、広く山村における生業の実態と推移を知る上で貴重なため早急に記録を作成する必要があるものである。

※ 指定当時のものをもとにした文書(文化庁文化財データベースより引用)

 昭和13年2月の『地理学評論』の論説に「五家荘の焼畑耕作」という上野福男氏の報告がある。上野氏の論文から五家荘と奈良田の焼畑を比較してみたけれども、環境といい方法といい、大同小異であって、共通点の多いことがわかる。
 (中略)
 このように昭和10年代において、すでに開発が進みつつあり、焼畑に変化の兆しの見える五家荘であるに対し、奈良田における同時期では、このような傾向はまったく見られず、盛況のままに20年後の昭和30年までなんの変化もなく持続されたのであって、これは奈良田の地域開発がいかに遅れていたかを物語るものである。

※ 深沢正志著『秘境・奈良田』より引用

指定後の昭和60年、焼畑は奈良田地区の人々によって再現され、16mm映像に収められた(その後DVD化 早川町歴史民俗資料館・早川町教育委員会蔵)。


上記DVDの視聴ができる施設

所在地:早川町奈良田486早川町歴史民俗資料館
営業時間:9時~16時
定休日:毎週水曜日(祝日の場合は翌日、木曜日)、年末年始
入場料:大人500円 小・中学生250円(同一敷地内の白籏史朗記念館と共通)
問合先:奈良田の里 TEL:0556-48-2552

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